実在した最後の世襲制名人、本因坊秀哉の引退碁は1年をかけて行われ、その対戦相手はかつての「怪童丸」こと木谷實だった。川端康成はその引退試合を観戦し、その実体験を元に『名人』を書いたのだった。登場人物はほとんど実名だったが、対戦相手だけは木谷のことを気にされてか、仮名の「大竹」としたのだった。
実は大竹名誉碁聖はその木谷門下で最初にタイトル保持者となる将来有望の棋士だった。私は今まで、それを意識して対戦相手名を木谷の一番弟子といってもよい「大竹」にしたのかと思っていたのだが、『名人』が執筆されたのは大竹が木谷道場に入門する前のことだったのだった。木谷實の門下に大竹なんて方はいない頃に作中の仮名を「大竹」に設定していたのだった!なんという偶然の一致!!
入門した当時の大竹少年が、木谷先生のところの本棚に川端の『名人』があり、何気なく手に取って読み始めたら作中の本因坊秀哉の対戦相手が(実際は師匠の木谷先生なのに)自分と同姓だったら、そりゃビックリするよね、と思ったのでした。