田舎者Yの日記

片田舎のバイク乗り・Linuxユーザ、つまり変わり者のブログ

白頭を悲しむ翁は私

 つくづく自分は精神的に成長していないと思うときがある。心は子どもの部分を引きずっているのに体だけは老いていく。物凄く悲しく感じるときがある。昨日は久しぶりにあった若者から「ちょっとフケたね」と言われてイヤな感じもしたが、それが自然というものだろう。嘆くまでもないか。


 私が子どもの頃、今にして思うと大人の大部分は戦争体験者だった。近くには足の不自由な、おそらく傷痍軍人の方もいた。うちなどは借家だったのだがバラックなどと呼ばれていた。(バラックって死語だよな)若者は基本的に反戦運動を支持していたし、世の中は騒然としていた。今、その学生運動を興した世代の方たちが現役を退こうとしている。ネット上ではむしろ若い人たちの方が非武装中立論のような現実離れした「平和主義」を批判している。*1私にとってはまるで70年代の頃と大人と若者の拠って立つ立場が逆転したように見えて面白い。


 世代間の意見の対立というのは未来永劫に続くのだろう。

 今日は違うことを書くつもりだったのだが落ち込んできたのでwww この辺で終わりにするのだが、最後に「エジプトのパピルスにも『近ごろの若者は…』ってことが書かれている」という人口に膾炙した話題で締めくくろうとしたが出典がよくわからない。

 Google先生にも聞いてみたがはてなの人力検索の質問などがトップに出てしまう。(最近、SEOなどの影響で検索の精度が下がったとされるのはこういうことか)

 私が何とか見つけたのは下記のページ
わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる: 最も古い「最近の若者は…」のソース

■昔から言われていた「最近の若者は…」

 変わったのはツラの皮の厚さだけという爺婆に向かって、「そのセリフ、大昔から言われてたんですよね」なんて返すと、途端に防御の姿勢をとる。自分がそう言われていたことと、その「欠点」がエエトシこいても直っていないことに思い至るのか、顔を真っ赤にして「そんなの根拠のない言い伝え、都市伝説だよ」と怒り出す。

 こっちは、「お互いサマですね」なんて含意を込めて言っているだけなのに、「誰がそんなコトいってる? 出典は?」ケンカ腰で詰め寄る。トシ取ると被害者意識が拡大するのか、それとも、いま目の前の人だけがそうなのかは、分からない。

 そこで調べた結果を公開する。

(中略)

 切り口は、2つある。一つは、 古代ギリシアの哲学者が言ったというもの。もう一つは、エジプトで発掘されたというもの。

 詳しくは上記のページに書かれているのでそちらを読んでほしいが、プラトンが『国家』の中で若者の批判をしているのと、柳田国男が英国のセイス教授の話として「(エジプト)中期王朝の一書役の手録」に若者に対する批判が書かれていると紹介している。日本ではどうも後者が広まったのではないだろうか。


 私はといえば若者を擁護することで自分を少しでも若く見せたい中年オヤジなのである。

*1:もちろん若者の大部分も平和を望んでいると思う。ただ教条的な反戦にはウンザリしているのだと思う