田舎者Yの日記

片田舎の元バイク乗り・Linuxユーザ、つまり変わり者のブログ

(海外からスパムコメントが続きましたので、しばらくコメントは承認制にします。)

退職した

 最後にブログ記事を書いてから3年近くたった。もうブログを書くのをやめようと思ったが、退職したので一応ここにも記しておく。
 このブログは「はてなダイアリー」として始めたものを、タイトルも変えて「はてなブログ」に移行したものだ。たしか私が当時の「はてなダイアリー」を書き始めた頃にはいろいろな方の退職エントリーがはてなブックマークのホットエントリーに入っていた記憶がある。若いIT技術者たちがキャリアアップやフリーランスとして独立するために現職を去るというものがほとんどだったと思うが、私の場合はただの定年退職である。生まれた年の十干十二支が還ってきたのだ。いずれ訪れるだろうと思って働いてきたが、実際にそうなってみると実にあっけないものだ。


農業に従事している

 退職後は悠々自適に暮らすつもりでいたがそうはいかなかった。私は現在、義理の父と同居というか、カミさんの実家に居候しているのだが、義父が専業農家なので今はそれを手伝っている。義父は近隣でも比較的規模を大きく営農をしており、お手伝いに来ている方も数名いる。私の息子も祖父(私の義父)を手伝っているのだが、健常ともいえないなかなか手のかかる子なので、私も彼らを補佐をしなければと思って再雇用を願い出でずに農家を手伝っているのだ(息子にとっては大きなお世話のようだが)。

 退職時に「農業をやるなんて素敵ですね」と声をかけてくれた同僚もいたが、実際は全然甘くないということを実感している。数カ月間農家として働いてみたが、まともに休めたのは数日のみ。初夏にはトウモロコシを出荷していたが、ひと月近く午前3時には起床して朝採りをしていた。そのときはお昼までに既に8時間は働いていたが、もちろん日暮れまで仕事はある。なかなかハードな仕事であり肉体的にもかなりきつい。年齢を重ねるに連れて体力は落ちていくことだろうし、このまま無事つとまるのだろうかと今から不安になっている。
 また雨が降ったりして仕事が休みになるときもあるが、疲れてしまって何もする気力が起こらない。退職時は晴耕雨読を夢見て何冊か本を買ってみたのだがいまだに未読のままだ。在職中は本を読んだり定期的に語学の勉強をしたりしていたのだが、それもまったくしなくなってしまった。
 それでもまたいつかは知り得た知識をこのブログに記録・発表したいとも思うので、自分を叱咤激励する意味でも、この記事を書いた次第。余裕があれば農業の現状についても語られる日が来ればよいなとも思っている。


YouTubeを見る機会が増えた

 そんな疲れる毎日でも余暇の時間はあることにはある。定期的にみている番組もあるが(今は「鎌倉殿の13人」と「笑わない数学」がお気に入り。私は大学は数学科に在籍したので後者をみていて懐かしさを覚えるのともっと勉強しておけばよかったと反省している。それからパンサー尾形さんにはこんな畑違いの番組をよくこなしているなと毎回感心している。彼のキレ芸は私には苦手だったが、今は好きなというか尊敬する芸人である)、気がつけばYouTubeをチェックしている。

 やはり自分の興味関心のある分野の動画を取捨選択できるというのは楽しいし、プロはだしのYouTuber、VTuberはたくさんいるが、素人っぽさの残るYouTuberも共感を覚えてまたこれも良い。ちなみに私はかつて自動二輪を愛し、よくいじり壊していたので、バイク・車の整備系のチャンネルをみることが多い。こんなことも十年くらい前には想像もできなかったことだ。

 

母親がボケてしまった

 このエントリーの前の記事が母親とのやりとりのことであったが、やはりというか、私の母もアルツハイマー認知症と診断されてしまった。今はデイサービスを利用しながら何とか自宅で独居できている状態。母のことについても書いてみたい気もあるが、やはりプライベートなことでもあるのでそれほどこのブログには書かないかもしれない。
 ただ、私に兄弟がいて良かったと思うこと(妹が実家のそばに住んでいるのでいろいろと母の面倒をみてくれている)、人間ボケるときは急に変化が来るのだなと思ったことだ。実を言えば数年前から妹には「お母さんが変だ」ということは聞かれていたのだが、たまに母に会うだけの私は全然気がつかなかったのだ、母は私と普通に会話できるし、その会話も特段変わったことはないように思えた。あとで思い出してみればアレとかソレとかの指示代名詞を使うことが増え、具体的な名称が出て来ないことが増えていたようだった。私が母の異変に気がついたのはオレオレ詐欺未遂事件があったからだ。

 幸いなことに私の母は極度の機械オンチでATMでお金を下ろすこともできない(いつもは妹が代行している)。それなのでオレオレ詐欺にひっかからなかったのだ。人間なにが幸いするかわからない。このへんの顛末は、もし私の生活に余裕ができたら(前段に書いたことと矛盾するが)当ブログに書いてみたい気もしないでもない。

 

 イギリスのロンドン・ビジネス・スクール教授のリンダ・グラットンさんが人生100年時代を提唱したそうである。

ja.wikipedia.org

 私も一日でも長く百姓としての生活ができることを願っている。ケガに気をつけて頑張っていこうを思っている。