田舎者Yの日記

定年退職して農業に従事している者のブログ

(海外からスパムコメントが続きましたので、コメントは承認制にします。)

ベジタリアンになれない私

 ようやくお盆も終わり、親戚の子どもたちも家路につき我が家に静寂が戻ると、我が息子は宿題がまだ終わっていないことに焦り始めている。私自身も休暇中にやりたかったことの半分も終わらずに少々落ち込んでいる。

 さて、亡き父に代わって親戚へ挨拶回りをする日々でもあったのだが、私の親戚は地域がら半分くらいは農家である。(それでも専業農家は少ないが) 私が以前感じていたことがどうやら本当らしい。どうも私の家の周辺でキジが増えているようなのだ。

 キジは「ケンもほろろ」という慣用句の元になったように、雄がかなり大きい鳴き声をあげる。散歩のときに「ケーン」といきなり鳴かれるとちょっとビックリする。その雄叫びが家の近所だけではなく、あちこちで聞かれるというのだ。


 キジというのは国鳥でもあり、野性のものが増えているというのは一般の人達にとっては良いことかもしれないが、農家にとっては困りものなのだ。農家から見ればキジは作物を食い荒す「害鳥」である。

 キジが増えている理由を私なりに考えてみたのだが、大きく二つあるのではないかと思う。
 一つめは繁殖場となる休耕田が増えたこと。二つめは皆が大切にしていること、つまりは猟をする人が少ないということがあると思う。

 田舎とは言え、私の住む地域も農地と宅地が多少混在するようになった。おそらくは私の地域はほとんどが禁猟区なのではないだろうか。

 私が子どもの頃はM.ナイト・シャマラン監督の映画「ヴィレッジ」ではないが、「行ってはいけない場所」があった。猟場である。(ちなみに現在はすっかり宅地となった) そのそばに小径があったのだが、「自転車で通るときはベルを鳴らっしぱなしで行くんだよ。そうじゃねぇと打たれちまうからねぇ!」と執拗にお婆さんから言われたものだ。友人の父親にも鳥打ちを趣味とする方もいて、裏庭には首を…(自主規制)…よくぶら下がっていた。羽をお湯で…(自主規制)…結構むずかしいそうである。


 そう、よく言われることではあるが、食すという行為は他の生命を奪ってしまうこと、だから食事の前には感謝する、ということが自然と理解できる環境だったと今にして思う。

 特に肉の類は、それがテーブルに並ぶ前に、普段では忘れ去られている、あまり想像したくない行為がなされているのだ。それを理由にベジタリアンになっている方は日本でも徐々に増えていると聞く。


 ちなみに私は元野菜嫌い。田舎に引っ越してきて何とか野菜は食べられるようになったが、元より肉は大好きである。
 キジがなぜ増えているか。そのことに、私が子どもの頃に近所で普通に見られた鳥打ちの風習を思い出してみても、やっぱり肉を食べてしまう。

 ちなみにキジの肉は美味なのだそうだ…。本日も反省無し>儂