バイクを降りた。もちろんバイクを停めて降りたという話ではない。愛車を売却したのだ。もう私はバイクを1台も持っていない。
昔、横浜でボスと呼ばれた人物が「世の中には二種類の人間しかいない。バイクに乗る奴と、乗らない奴だ」と言ったそうだ。自動二輪の免許をとった頃にバイク仲間からこの言葉を聞いた。当時はカッコイイと思ったが、自分が後者になる日が来るとはそのときは全然思わなかった。
バイクを売ろうと思ったのには大きく二つ理由があった。一つは昨年久しぶりに立ちごけをしてしまったこと。二つめは私の R100GS という西ドイツだった頃のBMW製のOHVのエンジンのオイル滲みがひどくなって大幅な修理が必要になってしまったことだ。
バイクにまたがって停車していて車体を倒してしまうことをバイク乗りは「立ちごけ」というが、昨年の立ちごけは二十年ぶりくらいだった。明かりのない、右下がりの傾斜地だったので仕方なかったのだが(バイクは左側からまたがって乗るが、右下がりだとその勢いで姿勢が不安定になる)以前たっだら右足で踏ん張っていられたはず。まだまだと思っていても体力が落ちた。エンジンの修理も10万円では足りなさそうだし、ここらが潮時だろう、と売却したのだった。
実を言えば私がバイクを手放してからカレコレひと月も経とうとしているのだが、いまだにしっくりこない。気が抜けて何かが足りない感じ。思えば三十歳を過ぎてから突如バイクに乗りたくなり、免許をとってから26年、いつもバイクが身近にある生活だった。26年前、当時はまだ元気だった親の目を盗み、職場に内緒で決まった曜日に時間休をとりながら教習所へ通い、免許を取得して友達の乗らなくなったオフロードバイクを譲り受けてそれに乗り始めた。それだけでは飽きたらず地元の運転免許センターへ2年近く通ってなんとか「限定解除」した。当時バイクの免許といえば400ccまでの中型バイクのもので、いわゆるナナハン(750cc)と呼ばれるような大型バイクに乗るためには中型限定を解除するための審査(限定解除審査)に合格する必要があったのだ。私が当時通っていた頃は平均合格率が5〜10%くらいの超難関だった。私はたしか平成7年に審査にやっとこさ合格したのだが、翌8年(1996年)には免許法改正により教習所でも大型自動二輪の免許も取れるようになった。当時の私の血の滲むような努力は何だったんでしょう。
それでも限定解除をパスしたという自負とともにホンダの大型オフロードバイク、アフリカツインを購入して北は北海道から西は広島・鳥取まで、休暇が取れれば走り回っていた。特にボランティアなどをしなかったのだが、阪神淡路大震災の半年後の夏に神戸へツーリングへ行ったことは一生の思い出として記憶に残っている。当時は仮設住宅が撤去されつつあったが神戸市役所の建物などは完全には復旧していなかったと思う。そのうちに知人が所有するようなBMWになんとしても乗りたくなり、R100GSを手に入れたのが1999年。18年間はGSと一緒の生活であった。
久しぶりにバイクの無い生活に戻って感じたことは、まったく遠出をする気にならないということだ。もちろん私は自動車を所有するのでいつでも出かけられるのだが、車で遠出をする気にならない。渋滞が嫌だからだ。バイクは渋滞知らずである。もちろん幅の狭い田舎道で渋滞にハマることはあるが、ある程度の道幅があれば渋滞の横をすり抜けることができる。高速道路などお手のものである。ちなみにバイク連中は高速道の渋滞時など車と車の間をすり抜ける。道路の左端の側道を走った方が安全だが側道を走ると通行区分違反で反則切符を切られてしまう(行楽シーズンなど場所によっては警察が路肩で待ち受けていたりした)。しかし走行車線と追い越し車線の間など道路の中央に近い側の車間を走ると通行区分違反にはならない。渋滞中の車の運転手さんたちには危なくて鬱陶しいだろうと思うのだが、高速の渋滞時にバイクが車と車の間をすり抜けるのはそれなりのワケがあるのだ(それにしても決して褒められたことではないが)。
話がズレたがバイクツーリングで遠出をしても渋滞はそれほど苦にならないので、行楽シーズンも私はよく遠出した。だからなおのこと、車でワザワザ渋滞が起こりそうな行楽地に出かける気にならないのだ。
うちは妻がバイクに全然理解がなかったので(バイクの趣味を理解してくれる女性といえば荒川静香さんか勝間和代さんくらいである)、車検のある大型バイクを維持するのは至難の業であった。枯渇寸前の手持ち資金を維持するため車検はいつもユーザー車検。なるべく自分でメンテナンスをして、プロの手を借りなければならないときだけショップへ持っていくという生活を続けていた。おかげでユーザ車検にはかなり強くなった。おそらく10回以上はユーザ車検を経験したはず。本当はバイクだけでなく自動車もユーザ車検にしたいところなのだが、私の場合、親戚がプロの車屋なので自動車の車検はいつもそちらに任せている(おかげで車は調子が良い)。とにかく時間さえあれば、大概は誰でもユーザ車検で継続検査はパスできるはず。(車検検査をパスすることと、車を安全な状態に整備することはほとんど別問題。ユーザ車検をしても車両の整備は資格を有するプロに任せるべきだと私は思います)
とにかく、しばらくは「バイク・ロス」のような状態が続くだろうなと思っていたのだが予想通りである。いや思った以上に重症かもしれない。週末車で信号待ちなどをしていると、つい対抗車線のバイクに目が行ってしまう。ツーリングの一団に出会うとどこへ行くんだろう、とその行程まで考えてしまう。やはり重症だ。
バイク・ロスの状態が数週間続きさらに重症化して、最近は気がつくと中古バイク情報を検索するようになってしまった。バイクを買うような余裕などないのだが、退職金をアテにしてバイクを買おうと、しょーもない妄想を抱くようにまでなってしまった。
私は以前一度だけスクーターに試乗したことがあるのだが、今度は車検のない250ccのスクータを手に入れたい。これならばビック・オフローダーほど足つき性が悪くないはずだから脚力が衰えたといえども、おそらくは立ちごけすることはないはずである。
私がバイクを手放したことを喜ぶ妻と私の老母と談笑しながら、実は密かな計画を練っている。本当に私は小者だなと思う今日このごろである。
画像はいらすとやから