田舎者Yの日記

片田舎の元バイク乗り・Linuxユーザ、つまり変わり者のブログ

(海外からスパムコメントが続きましたので、しばらくコメントは承認制にします。)

猫と平家蟹

 私は普段クルマで通勤している。田舎ゆえ信号が少なかったり(それでも最近は増えつつある)外灯がなく暗かったりする道をそれなりのw 速度で走っている。昨日は晴れたのでわが BMW R100GS で通勤したのだが、ちょっとヤバかった。帰り道、暗い畑の畔道をそれなりの速度で巡航中、いきなり猫が飛び出したのだ。幸いにして猫の動きが速く轢かずにすんだ。急ブレーキで転倒しなくてよかった。
 しばらくして平家蟹のことが頭に浮かんだ。


 私が子供の頃、盆と正月には母親が私と妹と一緒に実家に里帰りをしていた。ドジョウ取りに行くとたまに亀なんかも見つかる平和な日々であった。そんな母の実家のそばにも大きな道路ができ、イトコの飼い猫が間もなく車に轢かれて死んでしまった。イトコは大泣きしたらしい。

 昭和の、交通戦争なんて言葉があった頃、よく道路に猫や犬が轢かれて死んでいるのを見た気がする。もちろん今でもそうなのだが、轢かれて死んでいる動物の数が少なくなっているような気がする。


 日本や朝鮮半島近海で平家蟹(ヘイケガニ:Nobilum japonicum japonicum)という蟹が採れる。甲羅がちょうど怒った人の顔のように見えるのだが、一説には壇ノ浦の合戦のあと、漁師が蟹を採るとき、怒った顔の模様の蟹を、平家の怨念が乗り移ったと恐れて海に放し続けて、徐々に人面に見える種だけが生き残り、最後にその怒った顔の甲羅を持つものだけが定着してしまったという。ここからよく自然淘汰ならぬ「人為淘汰(選択)」の例として挙げられるものだ。

 ひょっとしたらクルマをうまく避ける猫にも人為選択が働いているのではないだろうか。モータリゼーションが日本にもたらされたとき、犬猫も交通事故にあった。その激しい「交通戦争」の中で徐々にすばしっこい種が生き残り、現在はかなりの率の犬猫がクルマを避けられるようになった…。


 絶対そうに違いない。これで論文を書いたら有名になるのではないか…とWikipediaを漁ったら、ヘイケガニ=人為選択説は甲殻類学者の酒井恒という方によって否定されているらしい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%82%AC%E3%83%8B

 しかも、「1980年に天文学者カール・セーガンも、テレビ・シリーズ『コスモス』と同名の著書の中でこのヘイケガニの人為選択について取り上げている」とある。そうだ!『コスモス』で見たんだ。だから頭に浮かんだのか…。


 まったくカール・セーガンも「とんでも」ものだよな…と八つ当たりをしてみる。
 しかし昔は民放でも面白い教養番組を放映していた。最近は品のない番組や「あやしい」番組が増えた気がする。

 だから私はテレビを見ないのだ。


 気がつけばいつもと同じく「昔」を懐かしみつつ、愚痴に終わってしまった。

※ 画像はGoogleの画像検索から。出典不明。