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田舎者Yの日記

片田舎のバイク乗り・Linuxユーザ、つまり変わり者のブログ

スペイン語を学んでみて

 前回からの続きだ。スペイン語の勉強を始めてみて気づいたことなどを書いてみる。初学者が偉そうに書くのもおこがましいが、初めて学ぶからこその気づきもあるかもしれない。

発音が日本人にやさしい

 私は仕事でたまに英語話者と話す機会がある。日常英会話なら何とかなるレベルだ。ドイツ語は大学で一応単位をもらった。フランス語と中国語とロシア語は途中で挫折した(退職したらやりなおしたいと計画中)。とにかく私には複数の言語の学習体験があるのだが、その中でもスペイン語の発音は楽なほうだ。母音の発音が比較的に日本語に似ていて明瞭なことがその一因ではないかと思う。ただ気をつけなければいけない発音もある、その筆頭はR (エレ)。Wikipediaでは「歯茎ふるえ音」として掲載されている音だ。

歯茎ふるえ音 - Wikipedia

 南部のドイツ語の R もたしか同様のはずだ。私が昔教わったドイツ語の先生は「べらんめい、というときの音です」と説明していた。今でも「べらんめい」なんていう東京人がいるのだろうか。
 話が変わるが映画「ペーパー・タイガー」(邦題は「太陽にかける橋」か)で主人公が日本人大使の息子に英語の発音を教えるシーンが記憶にある。盛んに歯茎ふるえ音のRを多用していたと思う。英語では通常 R はそり舌音だが強調するときは歯茎ふるえ音になるのかなと思っている。

 他にも G(へ) も厄介。場合によって英語の G(ジー)に近い時もあるし強めのハ行のような「無声口蓋垂摩擦音」になるときがある。J(ホタ)も基本的には無声口蓋垂摩擦音なので重複して無駄なような感じがしないでもない。おそらく歴史的な経緯でそうなったんだろう。うろ覚えだがフランス語でも G と J の音が似ていたと思った。
 それからアクセントの位置も気をつけないといけないだろう。大体は最後から二番目の音節にアクセントが置かれることがあるし、強勢がある文節の母音にアクセント記号がある単語もあるのでわかりやすいが(フランス語と異なりアクセント記号が「´」しかないのも非常に助かる)、例外もあるので注意が必要だ。
 アクセントといえばまたまた話がずれるのだが、ギリシア金融危機に関する報道でスペインに左派の 'Podemos' という政党ができたことを知った。ちょうど可能の助動詞 poder (〜できる)の一人称複数の現在形なので「私達はできる」、英語なら 'We can' に相当する言葉だ。日本のアナウンサーは大概「ポデモス」の「ポ」に強勢を置いて発音する人が多いように思うが、アクセントは第2音節にある。なので「ポデーモス」に近い音のはずである。

発音が先生によって違う

 スペイン語講座の先生と講師で微妙に発音が違う場合がある。これは正直いって非常に面食らった。例えば初めに学ぶ基本的な文 ”Yo soy japonese.” (私は[男の]日本人です)からして、「 ソイ ハポネス」と「ジョ ソイ ハポネス」と発音する方がいる。ちなみに講師の中にアルゼンチン出身の方はいなかったようだが、アルゼンチンでは「ショ ソイ ハポネス」のように発音するそうだ。スペインの有名な鍋料理 paella も「パエーリャ」と発音する人と「パエージャ」と発音する人がいる。
 これは「ジェイスモ」あるいは「イェイスモ」と言われる現象だ。(用語の日本語表記がその影響で2通りあるのが面白い)

ジェイスモ - Wikipedia

 この現象はイタリア語にもあるようである。しかも Wikipedia のページを見てもわかるように2通りの発音する地域が入り組んで混ざっているところも見られる。これは Yo (私)という単語にも現れる現象なので、勉強を始めると比較的早い段階で遭遇する。最初からちょっと戸惑う事例ではないか。

主語が省略される場合がある

 会話している者同士で何が話題になっているかわかる場合などは主語が省略される。前の「私は日本人です」なら通常は "Soy japones."と言い、わざわざ 'yo' は付けない。「まいにちスペイン語」入門編で放送される会話文のほとんどは主語が省略されている例文ではないだろうか。この点は日本語に共通するような感じがして個人的に親近感を覚える。
 また話はずれるが(こればっかりだな)、私が大学に通っていた頃(悲しいことに四半世紀以上昔だ)、一般教養の教授がデカルトの有名な言葉を板書されたことがあった。ラテン語で 'Cogito ergo sum.' 日本語の訳文「我思う ゆえに 我あり」はあまりにも有名だ。デカルトはフランス人であるのでその時に教授は続けてフランス語で 'Je pense, donc je suis.'とも板書した。その時に何となく違和感を感じた。「何でラテン語は短いんだろう?」そのときに考えたのはフランス語の例文に繰り返し出てくる 'je' は「私」に相当するのだろう。おそらくラテン語は主語が省略されているに違いない。主語を省略するなんてラテン語はなんて不思議な言葉なんだろう、と。 しかしイタリア語でも主語の省略はよく見られるようだ。南欧を中心にラテン語から派生したような言語グループ(イタリア語、フランス語、スペイン語など)をロマンス諸語というようであるが、その中で主語の省略されないフランス語こそが例外的なんだと、スペイン語を勉強してから気づいた。どうもフランス語の規則動詞のうちの第1群規則動詞が1人称と3人称で活用形の区別がつかないことに由来するようだ。

フランス語で主語を省略しないのは何故ですか? - スペイン語やイタリア語と... - Yahoo!知恵袋

Gustar型動詞の違和感

 本当は適切な文法用語があるのかもしれないが、多くのスペイン語の先生方が通称(?)「gustar型」と呼ぶ一群の動詞にはなかなかなじめなかった。例えば日本語の「私はサッカーが好きです」という文をスペイン語に訳すと "Me gusta el fútbol." となる。
 ところでこの文の主語は何か。スペイン語の構造上は 'el fútbol' である。(el は定冠詞。 el fútbol は英語なら the football )そして文頭の 'Me' は「私に」に相当する直接目的格間接目的格だ。つまりこのスペイン語の文を忠実に和訳すると「サッカーが私を好きな気分(考え)にさせる」というような感じか。

 イタリア語でも "Mi piace il calcio." のようにスペイン語とほぼ同じようだ。しかしゲルマン語派の言語、例えば英語の "I like the football." ともドイツ語の „Ich mag den Fußball.“ とも大きく異なっている。ところでフランス語で同じ意味の文は "Je l'aime le football." と(おそらく)主格 Je が存在して、スペイン語、イタリア語とは異なる構造のようだ。先の主語の省略の件でもフランス語は独特であった。そういえばフランスはゲルマン民族の国フランク王国として始まったのではなかったかな。ひょっとして同じロマンス諸語でもフランス語だけは実はゲルマン語派に近い「仮面ロマンス語」なのかなと勝手に素人ながら想像してみた。

 

 この他にも "¡Hola! ¿Cómo estás?" のような正書法の文頭に現れる逆感嘆符や逆疑問符への違和感とか、南米のスペイン語とイベリア半島のスペイン語で語彙が異なる例が少なからずある問題とか、南米の一部地域では “español” (スペイン語)とは言わず “castellano” (カスティーリャ語)と標榜しているとか、もっと書きたいこともあるのだが、長くなったので今回はこのへんまでとしておく。また気が向いたらスペイン語に関することも書いてみたい。