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田舎者Yの日記

片田舎のバイク乗り・Linuxユーザ、つまり変わり者のブログ

4月からラジオ外国語講座を聞いてきたが

もう限界かもしれない。

4月から中国語とスペイン語を勉強してきた。なぜこの2言語か、という話は長いのだが、私の身近にその言語の話者がいるというのが理由の一つだ。

毎日ラジオの前に座れないので週末にストリーミング配信で聞いてきた。ストリーミング配信サービスを最近のNHKはやってくいれるので、それを毎日少しずつ聞けば良いのだが、週末にまとめて聞くクセがついてしまった。4,5月はそれでもよかったのだが6月を過ぎていろいろと文法も難しく単語も多く出てくるようになった。ちょっと苦しい。今はやれるところまでやってみようとは思っている。

 

そうは言ってもスペイン語は何とかついてきている。実は通勤時間がラジオの放送時間にあたりクルマの中で講座を聞いている。クルマを運転しながらなのでテキストを見ることはできないが、乗る前や降りた後にエキストを読んでいる。不十分ながらもほぼ毎日耳にするというのは効果があるのかも。それにスペイン語講座は金曜日は応用編で実はほとんど聞いていない。実質週4回なのでなんとかやっていけてる感じ。ちなみに講師は妙齢の有名大の女性教授だが話し方が上品でかわいらしい。ご自身が若い頃のスペイン留学の話をするのだがいろいろと妄想が沸き起こってくる。この先生のお話を聞きたい、というのも続けていられる原動力かも。

 

中国語講座はちょっと苦しい。スペイン語講座と違って週5回ある。中国語は漢字を使うから日本人には習得が有利かと思ったが(そういう面は確かにあるかもしれないが)、漢字を知っていることが返って足枷になる場合も。テキストは発音を表すアルファベット(ピンイン)と簡略体の本文があるのだが簡略帯の文を見てわかったつもりになってしまう。でも中国語を耳で聞くと全然文字が浮かばないのだ。中国語の場合、母音の組み合わせ方はいくつかのパターンしかないようだ。子音もそうたくさんあるわけではない。つまり音が同じ言葉がたくさんある。なぜそれで混乱が生じないかといえばイントネーションの違いで区別されるからだ。四声と言われるものだ。

 

日本人には難しい子音もあるが音と同時にイントネーションも覚えなくてはいけない、というのが非常に厄介だ。

最後まで講座を聴き通すことができるか今から不安である。