田舎者Yの日記

片田舎のバイク乗り・Linuxユーザ、つまり変わり者のブログ

癌告知で亡くなった高僧の話

 十年近く前に父を亡くしたので、私は一家の代表として冠婚葬祭の席に出席することが多い。冠婚葬祭と言っても葬式に参列することがほとんどだ。この秋はお葬式に2回参列した。

 他の人もそうなのかもしれないが、私は知っている方の死に接する機会が多い方ではないかと思うことがある。私も中年なので、知っている人が亡くなっても不思議はない。しかし、20代のときに高校時代に同じクラスだったやつが亡くなったのは非常にショックだった。ちょっと拙日記には書けないくらいの悲惨な死に方であった。そんな経験もしているので余計に、私は死に巡り会う機会も多いのでは、と思ってしまうのだ。


 話は変わるが、私が拝見させていただいているブログのうちの一つ、「たまご屋おやじの独り言」でid:fujioiknさんの知人が亡くなったことを記事に書いていた。ショックも大きいことだろう。ご友人は癌で亡くなったそうだが、高熱が出てはじめて体の異常に気がついたそうだ。

 癌といえば、人から聞いた次の話が思い出される。ある高僧が「私は修行をしているから大丈夫。病名を言ってください」と医師に言い、医者が「そうですか。では言いますがあなたは癌です」と面と向かって告知され、その後ショックのせいか急死してしまう、という話だ。その僧とは今何某だと聞いたことがあるのだが、ネットで検索してもそれらしい情報がない。代わりに以下の情報を見つけた。

 学士会メールマガジン No.026 2005年2月号

 そこで入江英雄氏は次のように語っている。

 先年ある学会で、癌を当人に知らせるべきか否か、即「癌告知」の可否が論ぜられた時、否定の側から、ある禅宗の高僧のことが引き合いに出された。
「自分は、もはや死生を超越した心境であるから、どうかほんとの事をきかせてくれ」とせがまれた主治医が、この人ならば、と率直に知らせたところが、当人は色を失い、意気消沈して、ほどなく死んでしまった、と言うのである。この話は、素人の間にも流布して伝説化しているようだ。
 私にも全く同じような経験がある。この人は福岡市の禅の名刹S寺の住職であったが、40年以上も前、若い医師であった私は、この人の診察の折、教授の手伝いをした。手術は立派に出来たが、1年後再発して病臥していた時に、見舞い客が何気なく、「あんたは癌が再発したそうじゃナア」と言ったので、それまで自分の癌を知らなかった当人はびっくり仰天し、忽ちのうちに死んでしまった。
 こんな例は、一般人の場合にはいくらでもあるが、禅の高僧でもというところに皮肉がこめられている。

 なるほど。都市伝説だったのか。都市伝説にしてもよくある話のようである。癌をはじめとして病気の告知というのは難しい問題があるものである。


 誰しもいずれの日にか人生の終焉を迎える。できれば心平安のうちにお迎えしたいものだが、それもかなわぬことかもしれない。

 しかし次の小話はせめてもの救いか。

 「あの世はきっとすばらしいに決まっている。旅立って戻ってきた者はいないから。」