田舎者Yの日記

片田舎の元バイク乗り・Linuxユーザ、つまり変わり者のブログ

(海外からスパムコメントが続きましたので、しばらくコメントは承認制にします。)

プジョーに見る物作りの思想

 私は今までにBMWのバイクを2台、プジョーのクルマを1台所有した。友人のメルセデス(といっても中古の190E)、車検代車でシトロエンZXを借りて運転したこともあった。
 国産車も、事故に遭ったり遺産相続したりの都合でいろいろ乗り換えた。普通車ではマツダ以外のトヨタ、ニッサン(車検代車として)、ホンダ、三菱、スズキを運転したことがある。(ダイハツはなかったな)バイクはホンダとスズキに乗った。

 一部の車種を乗っただけなので、断定的に言うのもどうかと思うが、国産車と欧州車を乗り換えると、やや大げさかもしれないが、「物作りの思想」の差が感じられるようで興味深い。一概にどちらが良いとも言えないと思うが、よく聞かれる「日本車が最高」という物言いには違和感を覚える。*1メルセデスやポルシェに乗ってから、でも日本車が最高というなら納得しないでもないが。


 話を元に戻す。プジョーと私の付き合いは短く4年と少しであった。(思えば今頃車検のはずだ)206SWと今乗っているホンダFITを比べて思うのは次の点である。(同じくらいのサイズであるが車両価格が違うので比較する意味がないかもしれないがww)

  1. 日本人の一部にはフランス車は壊れやすいとのイメージがあるようだが、206SWは頑丈であった。特にドアやテールゲートの厚さが全然違う。FITは室内が206SWより若干広く燃費が良いのだが、それはドアなどが薄い軽量車両によるものだ。走行燃費・居住性と安全性のどちらを優先させるかの思想の違いだと私は思う。
  2. 何気ない違いだが、プジョーは(友人のメルセデスも)パワーウィンドウのスイッチが客室の中央にある。右ハンドル車の運転者からすると左後ろ、サイドブレーキのあたりにある。最初は違和感があったが、運転者以外の乗員も好きなウィンドウを開け閉めできる。スイッチを減らしてコストダウンする意味があるのかもしれないが、すべての乗員が平等に窓を開閉できる仕組みに好感を覚えた。国産車は運転者がすべての窓の開閉を管理し、乗員は近くの窓しか開閉できない。大げさだろうが、市民革命を経た国とアジア的中央集権国家の発想の違いのようなものを勝手にww想像した。
  3. プジョーは何気ない部分にオシャレ、フランスのエスプリを感じる。運転席のドア枠にあるPEUGEOTの文字、徐々に減光する室内灯(最近の国産車もそうだが、プジョーとスピードが違う。プジョーのほうが柔らかい感じを受ける)、黒を基調としたインパネに赤橙系の灯色(これも最近のトレンドで国産車もそうであるようだ)、皮張りのシート(国産車でも最近は小型車にも設定があるようだ)などなどである。
  4. 一点目とは矛盾するが、でも「材質」、特にプラスティック関連は国産車のほうが数段良いと思った。何もしてないのにプジョーのウィンドウォッシャー液の注入口のカバーが割れたのは驚いた。息子が後ろのドア枠を踏んだだけで変形したのにも驚いた。(金属性のドア枠ではなかった)

 つまりは日本車の場合、客からクレームが来そうなところ、「日本人」が気にしそうなところの品質はものすごく良い。ドアと車体の継目の隙間などはきっちりと狭い。
 プジョーははっきり言って「大雑把」である。ドアと車体の隙間は大きいし、思わぬところが変形したりする(私の場合大体プラスティック部品)。しかし、安全性への配慮はすごいと思う。私は大事故の割りにほとんど体へのダメージがなかった。プジョーのボディのおかげたと思っている。


 で、さらに言いたいのは、欧州製品は(為替や中間マージンの影響もあるが)車両価格が高い点だ。高くても売れるように高級感を出そうとしているのではないか。

 日本の経済首脳陣は二言目には「国際競争力の維持」を挙げる。たしかに中国や韓国などと競争していくためには価格を下げる努力はある程度必要だろう。そのためには労働コストを下げなければならないだろう。しかし、日本はいつまでもそれだけで良いのだろうか。日本の社会の現状を見ていると疑問が残る。

 このことはまたいずれ書いてみたい。

*1:そう言えば最近は身近でそういう意見を聞かない。というかクルマに興味を持つ若者が著しく減った気はする。