田舎者Yの日記

片田舎のバイク乗り・Linuxユーザ、つまり変わり者のブログ

野鳥の声に思い出したこと

 恒例の週末の散歩に出かける。今日は疲れたので自転車で一回りした。先日J-Waveで福ノ上達也さんが「自転車は楽過ぎる」と話していたが、まったくの同感である。もちろん競技としてはかなり辛いと思うが、徒歩での移動と比較したら楽だ。

 先々週まではおとなしかったコジュケイが盛んに雄叫びを上げていた。やかましい。野山というのは見晴らしが良いところは音が抜けて全然残響しないのだが、不思議と木々の間では音が響く。コジュケイの声がカラオケのエコーのように響く。人間の声はそれほど響かない気がする。コジュケイの声が残響するほど大きいということかもしれぬ。


 コジュケイは狩猟のために中国や台湾から持ち込まれた外来種であるとのこと。例えればバスみたいなものだろう。バスほどは生態系に影響を与えていないようであるが。
 散歩(サイクリング)の途中、今朝もキジの鳴声を数箇所で聞いた。おそらく個体数も増えているようだ。先日も交差点で信号を無視するキジを見た。(ものすごく田舎だ、と思う次第)


 専業農家の義父が言うにはキジによる農作物の被害も徐々に増えているとのことであった。いわゆる「食害」である。
 うちの近辺は禁漁区なのだが、以前はキジを密漁する者もいたと聞く。(ちなみにキジの肉はおいしいそうである)最近はそのようなこともなくなり安全になったのだが、実は狩猟免許を取得している者が激減しているのだとか。レジャーの多様化もあるのかもしれない。埼玉県では、危機感を抱いているらしい。先日、埼玉新聞が報じていた記事のウェブ版を見つけた。引用させてもらう。
http://www.saitama-np.co.jp/news05/01/02x.html

狩猟者 25年で1万人減 免許取得へ県が試験増
「食害」拡大に危機感


県内の狩猟免許所持者は六千七百十五人と、過去二十五年間で一万人以上減ったことが分かった。所持者も全体の九割近くを五十歳代以上が占め、高齢化が著しい。県は「アライグマや二ホンジカによる食害が拡大する中で、捕獲の担い手が減る危機的な状況だ」と、試験の回数を本年度から増やすなどして若者に取得を呼び掛ける。

 みどり自然課によると、国内では戦後の食糧難で野生動物を摂取した背景などから、狩猟免許の取得が進んだとみられる。一九七〇年には全国で約五十三万人が所持していた。

 現行の免許は▽箱わななどを扱える「網・わな」▽散弾、ライフル、空気銃の使用が認められる「第一種」▽空気銃のみ扱える「第二種」の三種類。二十歳以上であること―などが条件で知識、技能、適性の各試験にパスすると、県が免状を交付。十一月から翌年二月(イノシシは同三月)にかけての狩猟期間中、定められた場所で狩猟が行える。シーズンには県内で約三千人が狩猟に入るという。

 県内では八一年度時点で、計一万六千八百二十四人が免許を所持していた。しかし翌八二年度から次第に減少、九四年度以降は一万人を割り込んだ。若者の所持が伸びず、取得者の年齢は高い。五十歳代以上が86%を占め、うち半数は六十歳代以上だ。同課は「野生動物を摂取する機会が減ったことや趣味の多様化が影響しているのでは」と推測する。

 県は「有害鳥獣の捕獲の担い手が減る」として通常、七月と九月の年二回行っている試験のうち「網・わな」を、今年秋以降にも三回に増やす。猟友会とも連携し、チラシやポスターで若者にPRする意向だ。

 野生動物による食害への対応策として、近年は農家や自治体職員が免許を取るケースも多いという。同課は「個体数を維持するにも狩猟の役割は高い」と話している。


 私の住む深谷市には上柴という宅地開発された地区がある。今は住宅や商店がならぶ人口密集地区であるが、私が子供の頃は猟場であった。自転車で遊びに行こうとしたら友人の祖母から「ベルを鳴らし続けるんだ!」と言われたことがある。なぜかと聞くと「打たれちまわないためさ!」との答え。子供ながらに大いにビビッた。

 私の友人の父親は鳥打ちが趣味であった。裏庭には血抜きのために首を切った鳥がぶら下げてあったとのこと。鳥の羽をどうやってむしるか、などの話も聞かされたことがある。

 気持ちの良くない話だが、肉を食べるということの裏には、誰かが屠殺しているという事実がある。日常生活のなかではすっかり忘れ去られているが、食べるということには残酷さが隠れている。良く言われていることだが食事に際しては感謝の心を忘れてはいけないのであろう。


 今朝のコジュケイやキジの声に子供の頃の、ちょっと忌まわしい記憶がよみがえってきた。健康と減量のためにも肉を食べるのを控えようか…と思いつつも大好きな肉を食らう自分であった。orz