田舎者Yの日記

片田舎の元バイク乗り・Linuxユーザ、つまり変わり者のブログ

(海外からスパムコメントが続きましたので、しばらくコメントは承認制にします。)

漢字三題

今日は珍しく仕事がないので、散歩にでかけた。(もちろん投票はこのあと行くつもりだ)
散歩の途中で目にしたものが難訓漢字とでもいえるようなものだったので「お題」にしてみる。

(1)烏鷺
田舎に引っ越してきて半年が過ぎようとしている。平凡な毎日だが落ち着いた日々で、とにかくまわりに自然が溢れているので気に入っている。しかし、正直困ることもある。


最近は田圃の稲が色づき始めていて、鳥害を防ぐために鳥追いの爆音機が聞こえる。朝の5時くらいから近所でドカン、ドカンとやられるのでうるさくで仕方ない。(おかげで目覚し時計はいらない)
今日はその爆音機のそばを歩いてみた。たしかに雀などの小型の鳥はほとんどいない。だが、豈図らんや、隣の畑ではカラスとコサギが仲良く畑のムシか何かをついばんでいるではないか。彼らには爆音機の効果はないらしい。

おそらくカラスやサギは米をついばむことはないと思われるので(ホントかな?)、爆音機の効果はある程度あるのかもしれない。とにかく早く米の収穫が終わって、また元の静かな朝が来ることを願うばかりだ。


ちなみに烏鷺(うろ)とは私の趣味の「囲碁」の別名。たしかに畑に舞い降りた烏と鷺を眺めていると畑が碁盤に見えてくる。


(2)百日紅
初夏の頃からあちこちで百日紅(サルスベリ)が見られたが、いよいよ花が落ちてきた。もうすぐ本格的な秋だろうか。「百日紅」とはよく言ったものだ。かなり長い間その開花が続く。

南から北へ進む開花前線は桜に始まり、サルスベリで終わると言われる。桜前線は毎日のようにニュースに取り上げられるのにサルスベリは全然である。結局いつでも見られるというものは季節季節の瞬間を楽しむ日本人の気質には合わないのかもしれない。

もちろん私は桜も大好きだが、いつも変わらぬ色を楽しませてくれる百日紅も好きである。
いよいよ北から南下する紅葉前線の話題が聞かれることだろう。


(3)無花果
散歩から帰って庭を見ると無花果(イチジク)が色づいていたので少し食べてみた。子供の頃、親戚の庭の無花果が欲しくてたまらなかった。今、目の前に沢山あっても、無性に食べたくなると言うことはない。歳のせいだろうか(^^;

私のように中年になって、今までのことを振り返ると、宇宙論でいうところの「相変換」のような(<オーバー?)、時代が変わる潮目のようなものがあるような気がする。子供の頃、ちょうど1970年の頃までは皆が貧しかったような気がする。歳の長幼入り乱れて徒党を組んで遊んでいた。野球をして近所の家のガラスを割り本当に雷おやじに追いかけられた。(あとで親と一緒に謝りに行った)「サザエさん」のカツオくんや「ドラえもん」の中のドラム管のある空き地の世界が本当にあった。70年代の頃は高度成長の時代。すべては右肩あがり。こずかいも毎年増え、段々とオモチャなどが増えていった覚えがある。しかしキザっぽく言えば、どこか心が満たされない感じがあったような気がする…*1


閑話休題。昔を振り返っていたら全然違う話題になってしまった。とにかく80年代くらいから子供は庭の果実を盗らなくなったような気がする。(<ただこれが言いたかっただけです)

無花果。これも言い得て妙である。イチジクには花が咲かないで実が成る。だって実だと思って食べている部分が花なのだから。この事実を知ったとき少しショックだった。無花果。なんだ本当は間違いじゃないか。強いて言えば「花果」が正しいのかもしれない。

たしか無花果は鳥媒花に属する(<うろ覚え)。鳥にその実を喰わせて種を散布させる。そのために鳥の体内から種を早く「出させる」ため、いわゆるお通じをよくする成分が含まれているのだと、どこかで聞いた。(<完全に無責任モード)


うちのカミさんに勧めたいのだが、イチジクは嫌いのようである。便秘の悩みのない私は大好きなのだが。世の中うまく行かないものだ。

*1:気恥ずかしくなったのでやめるが、あと昭和と平成の境目にも時代の断層があるような気がする