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田舎者Yの日記

片田舎のバイク乗り・Linuxユーザ、つまり変わり者のブログ

伯母が亡くなったのだが

最近親戚の葬儀に立ち会うことが多くなった。自分も年をとったので仕方ないとは思っているけど。先日も父方の伯母が亡くなった連絡を受けた。私の父は二十年以上前になくなっているので最近は疎遠になっていた。私が子どもの頃は父と一緒に、父の実家のそばに住む伯母のうちに遊びに行ったものだったのだが、久しぶりに消息を聞いたと思ったら訃報だった。非常に残念だ。

しかし葬儀の前に連絡の文書を受け取ってビックリしてしまった。伯母の名前を私は読めなかった。彼女の名前は変体仮名だったのだ。

変体仮名 - Wikipedia

 

よく蕎麦屋の看板や暖簾にTRON 9-8356.gifHiragana HA 01.png゛と書いてある、アレだ。(文字画像は Wikipedia からのコピー) ちなみに生TRON 9-8356.gifHiragana HA 01.png゛は「きそば」と読む。

 

どうも変体仮名は符号化されていないようだ。文字コードが割り振られていない、つまりは外字ファイルなどを使用しない限りは表示できないということか。住基ネットでは表示できるようだ。私が見た案内文は葬儀会社が印刷したものだが、そういうところでは外字を使って印刷してるのだろう。

 

おそらくは変体仮名を氏名に使っている人は若い世代にはいないだろうから年とともに「コンピュータで表示できない名前」も減っていく運命なのだろう。コンピュータで表示できる名前の方が便利にきまっているのだが、なんとなく残念な感じがしたのは伯母と過ごした楽しい思い出のせいだったかもしれない。

 

croutonでxenial

 1年くらい前に Chromebook (Asus C300) を購入し、16GB のUSBメモリーに crouton をインストールし Ubuntu 'trusty' (14.04LTS) を起動できるようにして使っていた。
徐々に crouton の起動時間が長くなり全体的に動きももっさりとしてきて、どうしたものかと思っていたところ、Chromebook を出荷維持状態に戻す Powerwash を知ったので実行してみた。しかし Powerwash 後、USB の crouton にアクセスできなくなってしまったのでついでに、初期化して crouton を再構築してみた。なんとか xenial ( Ubuntu 16.04LTS ) をインストールすることができ、購入直後のように機敏な動きが復活した。自分のために顛末をメモしておく。もし私のメモを参考にする方がいらしゃる場合は自己責任でお願いしたい。またPowerwash やデペロッパー・モードでローカルのデータは消去されるので注意されたい。

【参考】

chromesoku.com

 

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iPhoneに電話がかけられなかった

 正月早々のことだった。出先からうちのカミさんに電話をかけてみたら「お客様の電話は現在電源がはいっていないか電波の届かないところにあります…」のようなメッセージが流れて通話できない事案が発生した。夫婦ともにソフトバンク回線(たしかホワイトプランだったか)、iPhone 5S(何回も買い換えるのが面倒なので今となっては古い機種を使っている)。夫婦なので着信拒否設定しているわけではない(たぶん)。

 帰宅してそのことをカミさんに伝え、彼女の iPhone のロックを解除してもらってみさせてもらったが、別に変わったところがない。念のため本体を強制再起動してみたら、普通に電話がかかるようになった。アンロックしたときには気がつかなかったのだが、強制再起動後、未適応の iOS のアップデートがあることに気づき、これまた適応しておいた。ついでに Safari も開いてもらったのだが、タブがたしか十枚以上だったか、多数開いてあったので驚いてしまった。Safari のタブの閉じ方を教え、とりあえず全部閉じておいてもらった。今回の通話不能だった件は何が原因だったかいまだにわからないのだが、ひょっとしたらこの iOS が未適応だったことが影響していたのかもしれない。

 そういえばカミさんが iPhone に買い換えた頃に Safari のタブの閉じ方を教えたと思ったのだがすっかり忘れてしまったようだ。意識してやるようにしないと忘れてしまうのだろう。私だって使わない機能の操作方法などすぐに忘れてしまう。カミさんに教えたことを忘れられてしまうのは仕方がないことか。

 一方私はといえば、必要以上に iPhone を再起動しているのかもしれない。一ヶ月に一度は強制再起動しているかも。昔 NT 3.1 サーバの運用の一部を任されていた時、長期間再起動しないと調子が悪くなることがあってどうもそのときのクセが抜けてないせいかもしれない。バックグランドで起動しているアプリをこまめに終了してしまうのも当時の苦い思い出からくるクセか。そういえば私が二十年近く前にいじっていたサーバよりも今の iPhone の方が処理速度、記憶容量等で凌駕する。まったく夢のような時代になったもんだ。

 夢のような時代。しかし便利さと裏腹に困ったこともなくはない。よく言われると思うがどこでも仕事ができる反面、例えば仕事とプライベートの区別がつきにくくなった。夢の様な時代…悪夢にならないことを願いたい。

年々年寄りになっていく

先日忘年会の記事を書いたと思っていたらもう年が改まって二週間が過ぎようとしている。いつまでも忘年会の記事がトップに表示されているとみっともないというか、ひょっとしてこのブログ主は死んでいるのではないかと思われるかもしれないので、一応エントリーを書いてみる。ただし景気の良い話ではない。

ここ数年、新年が来ても全然うれしくない。十年くらい前は必ずといっていいほど年間目標を立てて、それができるようにスケジュールを考えるようなことをしていたが、最近は全然そんなことをしようという気にならない。自分の計画性のなさ、実行力のなさに気づいたせいもあるが一言でいえば歳をとったということだろう。積極的に新しいことをやろうという気にもならないし、それでも構わないと思ってしまう。

 

このまま朽ち果ててしまうのかな、と思う一方、それでも良いかなと思う気持ちもある。かつて赤瀬川原平さんが「老人力」を提唱されたことがあったが、自分にも「老人力」が身についてきたのかもしれない。とにかく今年もマイペースで行こうと思う。

それから健康に留意して少しでも長く生きようと思うが、そのうち定年退職でもしたら、いつ何が起こって良いように息子に私のパスワードがわかるような仕組みを考えていこうと思う。

 

図らずも新年の目標をたててしまった。

恋ダンスで思い出したこと

 忘年会で恋ダンスを踊らされた。逃げ恥こと「逃げるは恥だが役に立つ」のエンディングで出演者だちが星野源の「恋」に合わせて踊っていたアレだ。星野源さんの曲はオッサンにも歌いやすいので「私が歌おう」と忘年会の打ち合わせで話していたら、どこでどう変わったかダンスを踊ることになってしまった。(結局ひとりではなく皆で踊ることになったから助かった。)

 YouTubeで検索すると「踊ってみた」や振付の解説がたくさんある。便利な時代になったもんだ。私の踊りは完璧から程遠かったものの半分くらいは踊れていたのではないだろうか。忘年会の前の3日間くらいは毎晩動画を見て練習していた甲斐があった。
 忘年会が無事終了した今、また検索してみると番組公式の動画にはアクセスできなくなっていた。そういえば TBS は番組放送中は原曲を使っての踊りを許可していたのだっけ?ドラマが終わった今は店じまいということだろうか?TBSではないがTBC東北放送のアナウンサーたちの動画はまだ見られた。

www.youtube.com

 

 実を言うと私は原作はもちろん、ドラマ本編もほとんど見ていない。ただ妻がよく見ていたので私は横目でみていた。もともと私はドラマがあまり好きではないし…。それにしても役を演じている新垣さんはとても可愛らしいことはよくわかった。

 ドラマ最終回を妻の横で見るとはなしに見ていたのだが、私にはよくわからないエンディングだった(とにかく今までほとんど見て来なかったので)。登場人物の今後は見る人の想像におまかせします的な終わり方だったのだろうか。

 

 職場では上から数えるほうが順番が早いオッサン(というかジジイ)の私が、言うことも憚れるのだが、ホント言うとエンディングのダンスといえば十年くらい前の「ハレ晴レユカイ」のほうが個人的には好きだ。しかし今そんなことを言い出したら完全に変態と認定されそうなので職場では一切口にはしない。でも本当にあの頃のティーンエイジャー(?)は楽しそうだった。

www.youtube.com

 この動画は2007年4月のことなのでそろそろ十年もたとうということか。あの頃の高校生は既に30歳前くらいか。ドラマ逃げ恥の方は読者(視聴者)に下駄を預けるような形ではあるが曲がりなりにも終了した。しかし涼宮ハルヒのほうは未完成だ。特に映画「涼宮の消失」でバラ撒かれている伏線はどう回収されるのだろう。

 

 ハルヒ・シリーズのアニメの方は諸事情で再開は難しいようだ。調べてみたら原作も再開されていないものの消失の後の数編があるようだ。少し原作本でも読んでみようかと、十年遅れのことを考えだしている。

Kia-Ora!

一年以上前のことだが私のブログがはてなブックマークのホットエントリー入りをしてビックリしたことがあった。

yanagisawa.hatenablog.com

アフィリエイトでもやっていれば喜ぶところだが私の場合はそういうものとは無縁で、逆にビックリしすぎてしまってブログ更新の回数が逆に減ってしまった記憶がある。

この頃とはまた違う職場で働いているのだが、どういうわけかニュージーランド出身者と「同僚」になることが多い。今日久しぶりに前の職場の同僚とは別のニュージランド人の方に "グダイ、マイ。ヘイダン?"と挨拶をしたところ、返事を返してくれながら「でもニュージランドの人はあまりそういう挨拶はしないな」と切り返された。ではどんな挨拶があるの?と聞いてみたところ教えてくれたのが、この記事のタイトルの "Kia-Ora" という言葉。もともとニュージーランドの原住民が話すマオリ語の挨拶とのこと。日本人には「キオラ!」または「キオダ!」のように聞こえる。

Kia-Ora で検索するとジュースのCMの動画がヒットする。どうもニュージーランド国内で(オーストラリアでも?)販売されているジュースのブランドのようだ。現在はコカコーラ社が保有するブランドだそうだ。

またリボンシトリンのキャラクターであるりぼんちゃんにまつわる話もヒットする。もともとりぼんちゃんは1950年代に日本に持ち込まれたKia-Oraのパイロット・フィルムを参考に作られたキャラクターだそうである。

 

www.nicovideo.jp

うーむ、なんか勉強になるな。明日からはニュージーランドの友人に "Kia-Ora!" と挨拶しよう!

『数学でつまずくのはなぜか』を読んだ

 『数学をつまずくのはなぜか』を読んだ。大学時代数学科に在籍した私には非常に腑に落ちる話だった。本書はどちらかといえば数学に現につまずいている人たちよりも数学を教えている教員や指導者あるいは数学科の学部生が読むとよいのかもしれない。数学とは無縁の方が読むと前半の生徒や学生が数学がわからなくなる特徴などを述べた部分にはかなり共感を覚えるかと思うが、後半の公理主義やペアノの自然数論に関連する話はやや難しいかもしれない。公理主義はRPGだという説は個人的には新鮮で非常に興味深い説には思えた。後半は難しいと書いたが、あるいはどんな方でもすんなりわかる話かもしれない。いずれにしても前半と後半でやや話の展開が異なるのかなと感じた。また(学部卒でしかない私が言うのも憚れるが)現代の数学はどんなものなのかがわかる本なのではないだろうか。

 

数学でつまずくのはなぜか (講談社現代新書)

数学でつまずくのはなぜか (講談社現代新書)

 

 

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